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2019 / 10
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5年生~6年生の夏休みが思い出される。
ほぼ毎日、少年野球の練習と試合。
ただ、今のような猛暑日はないので。(平均30度くらいか)
夕方まで練習して、みんなで近所の風呂屋に行って、風呂屋から出てくると、近くの肉屋で揚げたてのコロッケを食べて...思い出す。
練習のない日は、学校や近くの市営プールへ行く。
好きな女の子の水着姿がやけに眩しかったな。教室で見るのとは全く違って、大人びてた。
盆踊りや夜店での浴衣姿には悩殺された。(余りに可愛くて)

親類の田舎の家に泊まらせてもらって、畑で芋ほりしたり、川で遊んだり、山へ行ってカブトムシ採ったり。

今の子が何だか可愛そう、物は豊かになったけど。
CMじゃないけど、「物より思い出」。



ジョージ・ハリスン
ジョージ・ハリスン
「Thirty Three & 1/3」
中学3年の時に買ったアルバム、先日ネットでCDを購入。
当時、ジョージのかけているこのサングラスが欲しくて、渋谷だの新宿だの、慣れない所をうろついた思い出がある。縁取りは星条旗か。結局無かったが...
このアルバムのタイトルは、当時のLPの回転数を示したもの。

ポールMやジョンLはともかく、子供にジョージは早かった。
今聴いてしっくりくる。
最近、車ではこれ。


ボニー&クライド、子供のころから一番好きな映画だ。

BSでやっていた。久しぶりに観た。

ウォ-レンビュティ扮するクライド、フェイダナウェイ扮するボニー。

銀行強盗を繰り返し、

そして、あの有名なラストシーン。

何度観ても最高だ。

フェイダナウェイが実にいい女だ。

土曜日(9日)、仲間の結婚式に参列した。
異業種の交流会で知り合った仲間だ。
新郎も新婦もだ。
披露宴の会場にも交流会での知った顔がたくさん、
珍しい光景だった。

二次会にも御呼ばれした、乾杯の音頭を...と頼まれ、
1フレーズ歌っちゃいました。

昔に比べて、友人知人の結婚式に参列する数が減った。
それだけ歳とったのだ。当たり前か。

でも、お祝いの席って、ある意味何でも有りだから、
「KY」も多い。


凄くいい結婚式で,思い出に残りました。

お二人とも、どうぞお幸せに!




中学の同期卒業の会が川崎で行なわれた。
約50名が参加した。
8年ぶりだった。
8年前の感動はなかった。
何故だろう?
勿論、会って良かったと思う人もいた。
全ての再会が自分を満足させ、モチベーションが上がるとは限らない事が理解できた。
色んな人と話をして、色んな人に懐かしさを感じた。
だがしかし、「同窓会」というのは、巨大化すればするほど、相容れない人種も増える。再会の意味さえ感じ入ることが出来ないのだ。

そこで自分を顧みると、
既に人生の折り返し点を過ぎている我が人生、考えるより進むべきだ。
ビジョンを達成するまでは、人の評価は謹んで受けよう!
俺は違うんだと感じたとしても。

同窓会は日常と違う何かを感じる場所だった。


前回のブログだが、よく見直してみると、とても幼児の恋の話には聞こえない。
相手を凝視するだとか、淡く切ないだとか、がしかし表現こそ大人的ではあるが、正にそういった感じの想いなのは間違いない。
相手も同時期に意識をせざるをえない恋は、もう少し大人になってからだったであろう。思い出したらまた紹介しよう。

私の初恋は幼稚園の時(年中だったか年長だったかは忘れたが)です。
相手は担任の「ヨコミチ先生」。
彼女は当時24歳、とても大人っぽく、背が高かったように記憶しています。
とても美人で、私の他にもきっとファンがいたはずです。
毎日のように彼女のことを目で追っていた様な気がします。
特に彼女がピアノ(又はオルガン)を弾いているときは、彼女が鍵盤から目を離せないのをわかった上で、敢えてこちらから目を凝視したりしました。目が合ったらきっと赤面してしまいそうな勢いでした。
彼女はスカートがよく似合っていました、パンツルックをあまり見なかったような気がします。
もちろんこの初恋は私の胸の中だけに留まった、切なく、淡い恋でした。
あれから40年近くが経過したわけですが、先生は今もお元気でしょうか?私は貴方のことを、これからもずっと忘れないでしょう!
初めての恋の切ない思い出でした。

今日は父の命日だ。
23年が過ぎた。
先日のブログで明日は父の日と書いたが1週間先だった。(18日)

当時21歳の私は父が死に至るまでを、そして現実に亡くなった瞬間も、まるでドラマでも見ているように他人事としてうけとっていた。
そして遺体が納棺される時、初めて現実と向き合い止め処なく涙が流れた。人前で声を出して泣いたのははじめてのことだった。悲しいというより寂しかった。これから何を頼りに生きていくのかが不安だった。もっと幼い時ならかえって何もわからないが、生意気に多感な時期でもあった。
そして通夜の晩、激しい雷雨と共に梅雨に入った。まだ色々なことをやり遂げていない父の空しい涙雨だったのかもしれない。
貴方なしでもどうにか生きて来れました。でもだからこそ今、少し話がしたくなりました。現実には無理ですね。             私は貴方のように大きな存在にはなれないかもしれません。
でも貴方よりはずっと長生きをして、たくさんのことを学びます。
たくさんの人に学びます。貴方よりも色んな経験をします。何倍もの喜びも感じます。

これから先、毎年この日(命日)だけは貴方のことを考えて過ごします。
父と息子のわずかだけど大きな絆です。


新年あけましておめでとうございます。
子供の頃の正月と変わりましたねぇ、過ごし方。
元旦の墓参りは父が亡くなって23年間ずっと続けています。

昔はコンビニも無いし、スーパーも3日過ぎまで開いてないし、街は静かでした。仕方がないので3日まではおせちとお餅の繰り返しでした。
何とか4日くらいになると、見かねた母がカレーライスなどを作ってくれました。
カウントダウンも無かったし、精々明治神宮に行った帰りに近くの喫茶店で高いコーヒー飲んで朝まで夜更かしが大人になったつもりでした。
いい思い出。でもだから思い出。

探し物は見つからない事が多い。
では一体どこへ消えたのか?
どこかに必ずあるはずなのに.....でも見つからない。
いや~なもんである。
そのうち探し物とは別のものが見つかったりする。
昔の写真、手帳、どれも懐かしく色々なことを思い出しながら
見入ってしまう。
最近は物探しの時間が減った、というより全くといっていいほどない。

 *人間はそういう無駄な時間も必要なのかもしれません。


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  • Author:ローリングストーン
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