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2019 / 10
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13日からのお盆が終わった。
寺のお手伝いをしている間、法話の本を読ませていただいた。
命という遺伝子の不思議について書かれているところに、
人として生まれてくる確率は、遺伝子が46個の染色体の上に並んでいて、その46個は父親から受け継いだ23個と母親から受け継いだ23個がそれぞれ同じ形のもの同士がペアになっているのだとありました。
両親からそれぞれ23個ずつ受け取り、忠実に複製して2セットずつ全ての体細胞に分かれているとのことです。
そのため1組の両親から、2の23乗×2の23乗=2の46乗(70兆)の組み合わせが可能となり、人はその70兆分の1という有り様で生まれてくるそうです。
すなわち人は生まれてくること自体がすごいことであると。
しかし考え方によっては、「全ての人が同じならば、それはめずらしいことではない」と言える、がしかし、この世に一人として同じ人間が存在しないと問えば、答えは一つです。
私たちはこの世で唯一無二の存在なのです。
唯一の存在ならばその価値は絶対です。
それ自体として価値があるということで、相対的な価値ではないということです。
相対的な価値は相い対する価値ですから、相手があり相手の役に立つことによって価値が出てくるものです。
それ自体は有効であるかとか有能であるかという価値判断です。
この物差しは社会が求めている価値観でありそれで成り立っているとも言えます。
しかしこの物差しは使い方を間違うと恐いものです。
生まれたばかりの赤ちゃんや病気で動けなくなった人が社会貢献できるのかといって、この物差しを当てれば答えは歴然です。
貢献できないから社会の隅で小さくなって生きていてくださいということにもなりかねないものなのです。
そういう相対的な物差しでははかれないもの、はかってはならないものがあります。それは命や心といったものです。
命そのものや、その価値について考えた数日間でした。



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