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2019 / 09
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30年前、僕は18歳の浪人生だった。

その春、大学受験に失敗し、冷たい風が身にしみる師走の出来事だった。

その日、ジョンレノンはニューヨークの自宅前で凶弾に倒れた。


当時よく言われたことだが、

もし「ボブディラン」だったら、SPを何人もつけて歩いていただろう、

平和主義者のジョンは、そういうことが嫌いだった。

「ラブ&ピース」って叫んでたんだから。



もう30年も経ったんだなぁ~と思いながら、

自分の人生を振り返ったりして、振り返ったところで過去が変わることもない。

ただ、あの頃はどう考えて生きていたんだろうとか、何を目指していたんだろうとか、

きっと今みたいにまとめ方も上手くなかったろうし、

もっともっと不器用に生きていたのかななんて。

今は自分のやっていること、自分自身だけは信じてやろうって思う。

振り返るといいね、心の中すべてがフラットになる。






















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浜日傘 ゆらゆら
すらりと伸びた 長い脚
蒼い夏が 駆けてゆく
僕は昼寝を口実に
泳げないのを幸いに
女の子って やっぱりいいな


裸の子 じゃぶじゃぶ
おちんちんさえ 可愛くて
蒼い夏が はしゃいでる
君は夏みかん剥きながら
早く子供が 欲しいなぁ
わざと言って 溜息ひとつ


盂蘭盆会(うらぼんえ)ちらちら
燈籠流し水明かり
蒼い夏に 祈りあり
いつか亡びる この海が
肌をじりじり焦がすので
今夜きっと 寝つかれぬでしょ


老夫婦 はらはら
過ごした日々が 朽ちてゆく
蒼い夏に 淋しさあり
僕は平凡な愛妻家
もう何も考えまい
愛することの 煩わしささえ









思い出しました。

ずっと昔、中学生の頃、とんぼちゃんっていうフォークデュオがいて、

「雨の一日」歌ってました。シングル買った記憶があります。


いい歌です。

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ポーランドのワルシャワについて直ぐのランチ、麦のスープにヌードル。
下はワルシャワの街。CIMG0026.jpg
土曜日だったので、結婚式帰りのカップルに。
9月はウエディングシーズン、でも顔怖い。CIMG0034.jpg
ポーランド第2の街、クラコフ。(旧首都で、今回の行事が開催される場所。前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世生誕の街。)
馬車も珍しくない。CIMG0044.jpg
日本の路上ライブとは大きく違いますが、さすがショパンを排出したクラッシックの国柄。CIMG0046.jpg
アイスリームショップ、9月前半で日中の気温20度、でもアイスが売れてる。CIMG0050.jpg
クラコフにあるキューリー夫人の生家、現在は博物館。CIMG0053.jpg
ショパン公園。CIMG0059.jpg
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若かりしショパンが通ったレストラン&チョコレートタルトのキャラメルソースがけ。CIMG0127.jpg
アウシュヴィッツ。捕虜収容所の有刺鉄線が生々しい。
今回の目的の一つ、アウシュヴィッツを訪問し、ホロコーストを巡礼することです。CIMG0132.jpg
ガス室の概観です。中の撮影は禁止でした。CIMG0135.jpg
世界中から約4000人が参加した、ホロコースト巡礼。
今年は第2次大戦開戦70年です。CIMG0151.jpg
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クラコフに戻り、ファイナルセレモニーに参加するために広場へ。
カンボジア仏教の僧侶と記念写真。CIMG0162.jpg
バチカンをはじめとしたヨーロッパのキリスト教の司教も参加。CIMG0166.jpg
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この大会は23年前に、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世の呼びかけでイタリア・アッシジで始まりました。
アッシジとは、聖フランチェスコ大聖堂のあるキリスト教発祥の地。
そのアッシジの思いを、クラコフで。

ワルシャワ
4日~12日、世界宗教大会のため欧州へ。
ワルシャワ~クラコフ、そしてプラハへ。
帰りはロンドン経由で帰国の途に。
ワルシャワは70年前の9月に、ドイツ軍により侵攻されあっという間に陥落しました。
まさにここから第2次大戦が始まったのです。
戦後はロシアの統治下に置かれ、悲しい歴史の連続でした。
そしてアウシュヴィッツとホロコーストへも巡礼しました。
年間100万人が訪れるそうです。
当時のヨーロッパでは、1100万人のユダヤ人が暮らしていましたが、ホロコーストをはじめとする捕虜収容所で、合計600万人の命が失われたようです。
ここには詳しく書けませんが、義務教育で大切なことがたくさんあると思いました。プラハ
そしてプラハ。
一番訪れたかった街へ、とうとう行ってきました。
プラハ城、カレル橋、旧市役所.....
昼は天気がよく、何処でシャッターを切っても絵葉書でした。
そして夜カフェへ、パリをも凌ぐカフェの多さに驚きましたが、
カプチーノより安い、デキャンタの赤ワインにびっくりです。

書いたらきりがありませんので、詳細は何れまた。



①
1983年のダイアリー、亡き父の、正に亡くなった年の手帳が出てきた。

遺品である。

26年前の手帳の中には、当時のスケジュールや友人知人の連絡先がびっしりと書いてあった。

携帯電話のない時代を感じる。

そこに携帯電話の番号はなく、会社と自宅の番号が書かれてあった。
②
それにしてもこの人、忙しい人である。

既にこの頃(1983年1月~3月)、体調は良くなかったと記憶している。

その後(4月23日に入院、6月10日逝去である)のことを考えると、無理をしすぎだ。

好きなゴルフが講じて、ゴルフ場の研修委員、仕事の業界のトップ、寺院関係者との交友、

地元の中学のPTA会長(当時、末弟が中学生)、市会議員候補の後援会長、ロータリークラブ、

ちなみに○印は休日ではなく、毎週火曜日のロータリーだ。

その他諸々(好きな麻雀を含む)。

49歳という若さで逝くには、このくらい無茶しないと。

太く短く生きた証か。

人の生とは、人夫々、人様々、これはこれでいいのかもしれない。

26年という歳月が、そんな感想を持たせる。


卒業式シーズンである。
小学校、中学校、高校と卒業式に出席した。(大学は中退なので出席していない)
小学校の卒業式は、教師との別れだろう。
クラスメイトの殆どが、地元の中学校へ通うため、友人たちとの別れは生じなかった。
中学校の卒業式は思い思いの感情が出る。
式典のあと、教室に戻り、担任の最後の話を聞きながら、好きな女の子の顔をずっと見ていた。
学校の敷地から一歩外に出た瞬間、もう明日からこの門を潜る事はないんだと思い、急に寂しくなった思い出がある。
高校へ行くと、これまで全く異なる環境で生きてきた仲間と出会い、ぶつかり合い、慰めあい、時には大人の恋を体験し、複雑な気持ちをいつも抱えていただけに、卒業という仲間との別れが、妙に心にズシリときた。
その先の進路は人それぞれ、大人になる覚悟をしなければならなかった。

そして今日もまた、様々な若者が様々な気持ちを携えて、「卒業」していくのである。


昨夜は、23年間連れ添っている家内の誕生日を、夫婦だけで祝った。
恵比寿フレンチレストラン「モナリザ」。
シャンパン
まずはシャンパンで乾杯!アワビと伊勢海老
一つ目の前菜のあとに戴いた二皿目は、「アワビと伊勢海老のアスピック、カリフラワークリームソースがけ」。これは家内の一押しでした。

椎茸と筍
続いて、「椎茸と筍のデュクセル、生ハムのタルト仕立て」。
口の中で春が来ました。鮮魚と野菜のブイヤベース風
宮崎地鶏

魚のメインは、「鮮魚と野菜のブイヤベース風」。
肉のメイン、家内は牛フィレ、私のは、「宮崎地鶏ミンチ肉のマカロニ詰めロースト」。
オーナーシェフが宮崎出身だそうです。

この間に、酒のあまり飲めない家内の代わりに、白ワイン2杯、赤ワイン2杯を戴く。野いちごのスープ
「野いちごのスープ」、口直しだがこれは絶品!

このあと、家内はヨーグルト、私はチーズを食し、デザートで〆。

年に一度の贅沢なフレンチディナー(男同士の飲み代に比べれば、たまには。)で、ゆっくりと多くの話をしました。家内も珍しく、たくさん食べていました。
弱いのに、すきっ腹でシャンパンを飲み、最後は欠伸を連発している彼女がとても可愛く感じました。
恵比寿モナリザ
最後はオーナーシェフに見送られ、店の前での2ショット写真まで撮っていただきました。
久しぶりに二人だけの夜を満喫した誕生日でした。

思い出せば昨年(2008年)の今頃は、中国(合肥~長春~上海)へ7泊8日の出張中でした。
物凄い寒波に見舞われて、最大で摂氏-25度を体験しました。
2007年の今頃は、暖かな沖縄への社員旅行を終え、三浦海岸にて同友会「経営指針」講師の事前研修会に参加していました。
2006年の今頃は、これまた事前研修会で、場所は湘南台でした。しかしこの翌日から体調を崩し、
長い間回復しませんでした。(それから比べると現在は健康ですね)
2005年はというと、中国(アモイ、福州)出張でした。
2004年は、やはり中国(上海、アモイ)へ、この時は社員旅行でした。
2003年は、慈光殿(弊社運営室内霊廟)の管理が始まった年で、年中無休のため、私自身も元旦から8時間勤務を行ないました。この時期は、平凡な日々が記録されています。

こうして過去を振り返ると、いずれは今も過去となり、思い出になるのだと実感でき、多少の苦労など何でもないと思えるのが不思議です。
過去となり、思い出になる「今」を、十分に体験し、大いに楽しもうと思いました。

「野口莉英子&和枝ファミリー秋を歌う」に触れました。
ジャパウイン株主総会の懇親会に招き、演奏&歌唱していただきました。

・里の秋・故郷・小さい秋みつけた・赤とんぼ・もみじ・夕焼小焼など、いつしか唄わなくなった唄ですが、大きな声で唄ってみました。
何故か懐かしい風景が頭をよぎり、心の中が暖かくなりました。
中学3年生の莉英子ちゃんの素直な笑顔と澄んだ歌声に、皆が癒された一夜でした。

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  • Author:ローリングストーン
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